愛したくなる理由
自分にやる気があるだけではだめで、周囲をやる気にさせなければチャンピオンにはなれない。鈴鹿サーキットで行われた日本GPで2年連続のタイトルを獲得したセバスチャン・ベッテルは、意識してかせずか、周囲をやる気にさせる才能の持ち主である。
出身地のドイツでF3ユーロシリーズに打ち込んでいたベッテルは、F1デビューを果たす2年前の2005年、18歳になるとすぐに運転免許を取得した。免許を手に入れた直後の若者がとる行動パターンは、洋の東西を問わないらしい。
ドライブである。頭の中のほとんどすべてを「F1」の二文字が占めていたベッテルは、レッドブル・レーシングの本拠地があるイギリスのミルトン・キーンズまでクルマを走らせた。この当時からレッドブルの契約ドライバーだったベッテルは、自由に移動できる権利を得ると、その権利をさっそく行使し、「あいさつ」に出向いたのである。ベッテルの律儀な行動は、レッドブルで働く人々の心に深く刻み込まれたに違いない。
F1ドライバーとなったベッテルは、同郷の大先輩で7度のワールドチャンピオンを獲得したミハエル・シューマッハと同じように、とことんクルマとタイヤを理解しようとした。納得するまではサーキットを離れない。気になることがあれば、エンジニアがすでにサーキットを離れ、食事中であろうと呼び戻した。呼び戻される方は苦い顔をしそうなものだが、よろこんで職場に戻った。
9月のフランクフルトモーターショーでは、ベッテルがアンバサダーを務めるインフィニティが、「ベッテルのために開発した」コンセプトカーを披露した。担当した日本人デザイナーは当初、よくあるショーカーの1台のつもりでスケッチを描き、ベッテルに見せた。インテリアは鮮やかなカラーに彩られ、エクステリアには派手なリヤウィングが取り付けられていた。
ベッテルは提案をはねつけた。彼が欲していたのは、アウトバーンの速度無制限区間を快適に走ることのできる「本物」だったからだ。過剰な演出は一切無用。形態は機能に従っていればいい旨をデザイナーに伝えた。
ベッテルの本気が開発陣のやる気に火を点けた。イエス/ノーの根拠がいちいち論理的で、納得させられることしきり。ベッテルの真剣な思いを感じれば感じるほど、本気で応えてあげたい気持ちになったという。おそらくベッテルは、F1マシンを仕立てるのと同じ態度でもって、コンセプトカーづくりに臨んだのだろう。つまり、F1開発部隊もまた、同じようにベッテルの本気ぶりに感化されて、頭と体を動かしているものと想像できる。
「何を話していいかわからない」と、タイトル獲得直後の記者会見で言い出したにもかかわらず、ベッテルはA4用紙で27行分のコメントを一気にしゃべり、最後に「言葉が見つからない」のひと言で締めくくった。天性の、ジョークの達人。愛されるゆえんである。
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●世良 耕太(せら・こうた)【プロフィール】
ライター、エディター。F1取材は1996年シーズンから。レースだけでなく、テクノロジー、マーケティング、旅の視点でF1を観察。技術それ自体と開発に携わるエンジニアに着目し、モータースポーツとクルマも俯瞰する。
text by 2011.11.15 | | 固定リンク




